最近はAIによるカバー曲がけっこうあって、何度も聞いてしまうようなものもある。あれはどうやって作っているのか分からないけれども、最初からAIがオリジナルで作った曲がダウンロード数の上位になる日は近いかもしれない。クレジットを見てもそれがAIによる製作なのか、リアルな人間が譜面を書いて、楽器を演奏して、録音したかどうかは分からない。どちらも録音(出力)された時点でデジタル信号に変換されており、突き詰めると0か1に還元される点では変わらない。
社会人になってゲームをしなくなった。それは端的に時間が取れなくなったというものあるし、ゲームとは所詮プログラムが許容した中で発生する出来事であって、現実世界の方が予想しない出来事が起こる分だけ面白い、という感覚が強くなったことも大きい。
一方でYoutubeの動画で、自分が子どもの頃に遊んだソフトの裏技とかバグを紹介するものがあって、ついつい見てしまうことがある。バグ技に興奮するのは、それが開発者が意図しない挙動、つまりプログラムが本来想定しなかった動きが起こるからで、これはゲームより現実世界を面白いと感じる感覚につながっているような気がする。
つまり、全てが設計された世界(ゲーム)であっても、誰も想定しなかったことが起こると分かった時には、そこだけはゲームではない別の世界だと感じられる可能性がある。
ゲームの中の主人公が、家でテレビゲームをしている。彼はある時、『ゲームは結局のところ作られた世界。僕は外に出て冒険の旅に出る。』と言って街の外に出っていったとする。外のフィールドに出ると、風が感じられ、自分の足跡が地面に残り、人と会話して、宿に泊まって食事をして、仲間を見つけて、魔物を倒して・・と五感が刺激される世界が広がっていた。彼にとってはそれはゲームではない現実であるけれども、一方でそれもゲームの中のシナリオの一つに過ぎない。
五感が刺激されるというのは、脳がそう認識しているからであって、突き詰めると脳内を流れる電気信号に還元される。つまり現実とは、本人が予測できない、かつ、脳内に電気信号が伝達される、という2つの要素を満たすものであれば良い。
ゲーム中の主人公がAIで、自分自身で行動できる能力を持っていた場合、彼にとっての現実とは何か。
色々書いてみましたが、シュミレーション仮説の解釈としては合っているでしょうか。Youtubeでシュミレーション仮説の動画がちょくちょく出てくるようになったので、いくつかの動画で言われていることを要約してみました。















